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封建の語は中国に古くからあり
郡県との対比において周代の国家体制をさした。
わが国ではこれを受けて、封建の語はもともと近世の幕藩体制をさして用いられた。
しかし明治以降、欧米の学問が輸入されるに及び、いち早くそれらの国家体制と西欧中世のフューダリズムとの類似性に着目された結果、封建制(度)の訳語があてられることになった。
今日では、少なくとも西欧の事象に関する限り、封建制という語が用いられる場合、フューダリズムの邦訳と考えて間違いがない。
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幕藩体制は江戸時代における
将軍を頂点とした政治体制をいう。
江戸時代を通じて、将軍は封建君主であり、そのもとでの国家を幕藩制国家という。
幕藩制国家は、集権的国家、総体的封建制国家、国家的農奴制国家などと特徴づけられているが、いずれにしても封建国家であって、そこでの国家と社会とは未分離であったから、幕藩体制を江戸時代の社会体制を表す用語として使う場合も多い。ここでは、幕藩体制を幕藩制国家の支配体制としておく。
幕府は将軍の行政機構であり、藩は将軍の部将としての大名の行政機構である。
幕藩体制は、幕藩制国家の支配体制が、この幕府と藩とを主要な行政機構として構成されていたことから、命名されたものである。
幕府と藩、および藩の間でも、その行政機構の仕組みや支配の方針については、いろいろの偏差があった。幕藩体制の主要な特徴を前述のようにとらえると、その成立と解体は、いくつかの段階をたどった。
兵農分離制と石高制との原則が確定したのは、豊臣(とよとみ)秀吉政権の太閤(たいこう)検地政策をはじめとする諸政策が実施された1590年(天正18)前後のことであった。
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- 江戸時代・政治・社会 (2)
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